浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)1382号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
四そこで、原告主張の催告及び停止条件付賃貸借契約解除の意思表示が被告新本に対し到達したものと見るべきか否かについて検討する。
1 意思表示の到達の意義については、原告主張の請求原因第五項のように解して差し支えない。すなわち、到達とは、相手方によつて直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、意思表示を記載した書面が相手方のいわゆる支配圏内に置かれることをもつて足りるものと解すべきである(最高裁判所昭和四一年(オ)第七四三号、同四三年一二月一七日第三小法廷判決、民集二二巻一三号二九九八頁参照)。
2 原告が被告新本に対し本件郵便二通を発信し、それがいずれも転居先不明の理由で原告に対し返戻された事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は、弁護士佐藤淳を代理人として、昭和五六年一〇月二二日午後零時から午後六時までの間に東京高等裁判所内郵便局から、原告主張の内容を記載した本件郵便二通を、被告新本の住所が明確でないからとして、その一通を蕨市中央六丁目一二番三六号の被告新本に宛て、他の一通を同市中央六丁目三番五号の被告新本に宛てて、同時に発信したが、本件郵便二通は、蕨郵便局から、いずれも被告新本が「転居先不明で配達できません」との理由で、東京都中央区銀座四丁目五番一号教文館ビル六階六二号室の佐藤弁護士に返戻された事実を認めることができ、原告は、本件郵便二通が同月二六日に返戻されたと主張しているので、そのように認定するのが相当である。
3 ちなみにその後における原告と被告新本との間における折衝経緯を見てみるに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告新本は、昭和五六年一一月二〇日原告に対し、延滞貸料六六万五〇〇〇円を支払つたが、その際被告新本は、訴外株式会社埼玉銀行蕨支店から訴外株式会社富士銀行中井支店の原告の普通預金口座に振り込んでこれを支払い、自分の住所として前記中央六丁目一二番三六号と表示(電話番号も明記)した。
(二) 原告は、同年一二月八日午後零時五〇分から午後一時二五分までの間に本件建物について、「被告らの占有を解き、これを執行官の保管に付する。ただし、被告らに使用を許可する。」旨の仮処分を執行した。その際本件建物には「新栄ダイカスト工業」の看板が掲げられており、犬が三匹建物内に繋がれていたが、近隣に住み本件建物を管理していた訴外岡田某は、執行官に対し、「被告新本が、時折犬に餌を与えるため本件建物に来ている。」と説明した。
(三) 被告新本は、同月一五日原告に対し、(一)と同じ方法により賃料九万五〇〇〇円を送金した。
(四) 原告は、同月二二日被告新本に対し(三)の賃料九万五〇〇〇円を返送したが、その際原告は、同月二一日東京都新宿区の上落合郵便局から前記中央六丁目一二番三六号の被告新本宛に現金書留の方法によつてこれを発信し、被告新本は、同月二二日午後六時過ぎ蕨郵便局からその現金書留郵便を受け取つた。
(五) 被告新本は、同月二六日東京法務局に対し、原告を被供託者として一二月分の賃料九万五〇〇〇円を供託したが、その際被告新本は、住所を前記中央六丁目三番五号と表示した。
(六) 被告らに対する仮処分決定正本(浦和地方裁判所昭和五六年(ヨ)第七一五号)は、同月二三日の時点において、いずれも転居先不明の理由で同裁判所書記官に返戻されたままになつていた。
4 以上の経緯に照らして考えるに、被告新本は、原告に対し、その住所を前記中央六丁目一二番三六号と表示していたのであり、また、被告会社の商業登記簿には中央六丁目三番五号と表示していたのであるから、原告がその両者の被告新本宛てに本件郵便二通を発信したことは正当な行為であつたということができる。蕨郵便局は、転居先不明の理由で本件郵便二通を発信人に返戻したのであるが、昭和五六年一〇月二五日が日曜日であつた(公知の事実)ことに照らせば、同局の郵便配達員は、本件郵便二通を配達するため被告新本の各住所地に赴いたものの、被告新本の姿が各住所地に見当たらなかつたため、直ちにその転居先が不明であるものと速断し、本件郵便二通を持ち帰つた上、時日を置かないで本件郵便二通を発信人に返戻するための手続を執つたものと推認することができる。なるほど、本件建物において事業を行つていた被告会社が既に倒産し、本件建物には犬が三匹繋がれているだけで、他に見るべき機械設備等が残されていなかつた状況に照らせば、被告会社の代表取締役が長男の政勝であつたとはいえ、父である被告新本も、被告会社又は被告新本自身の債権者から追及を受けるのを避ける意図のもとに、一時身を隠すに至つたものと推認することができないわけではない。しかし、被告新本が本件建物に犬三匹を飼い、同年一一月二〇日に七箇月分の延滞賃料を原告宛てに送金して支払つている事実に照らせば、被告新本において一時身を隠したとしても、これをもつて被告新本が不当に本件郵便二通の受領を拒絶したのと同然に見るべきものとすることは相当でないものというべきである。そして、被告新本が原告からの催告及び停止条件付賃貸借契約解除の意思表示があつたことを知つた上で原告に対し延滞賃料を支払つたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、被告らが弁解するように、被告新本は、川中公から賃料が滞納していることを知らされて金策に奔走し、ようやくこれを工面して前記のように原告に対し送金するに至つたものと推認するのが合理的である。
また、前記四2において認定した事実から、原告において原告主張の意思表示の内容を被告新本に知らせるために必要かつ十分な手続を執つたものと認めるのは相当でなく、原告としては被告新本の所在を詳しく調査してみるなど他に適切な方策を講じてみる余地があつたものと認めるのが相当である。
5 そうすると、本件郵便二通による原告主張の停止条件付賃貸借契約解除の意思表示は被告新本に対し到達しなかつたものと認めるべきこととなり、右の意思表示が被告新本に対し到達したものとして本件建物の賃貸借契約が解除されたとする原告の主張は理由がないものというほかない。 (加藤一隆)